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小笠原長房 (幡豆小笠原氏) : ウィキペディア日本語版 | 小笠原長房 (幡豆小笠原氏)[おがさわら ながふさ]
小笠原 長房(おがさわら ながふさ)は、南北朝時代の武将。一色氏の家臣。 == 出自 == 小笠原氏庶流の幡豆小笠原氏出身とされる。幡豆小笠原氏は小笠原長清の子伴野時長の系統に属し、弘安8年(1285年)11月17日の霜月騒動の際、時長の孫である長泰、その子盛時・長直らが戦死、残された一族が安達氏の領地であった三河国太陽寺荘(愛知県豊橋市)に逃れ、その後、足利氏・吉良氏との結び付きを強めるため、吉良氏領地に隣接する西方の幡豆郡に移り住んで成立したとされる。幡豆小笠原氏の初代・小笠原泰房は盛時の子とされるが、長房の父・泰行は泰房の子とも伴野長泰の子とも言われ確定していない〔『系図綜覧』では「長泰-盛時-泰房-泰行-長房」、『尊卑分脈』では「長泰-泰行-長房」。〕。
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